エネルギー未来探訪

小型モジュール炉(SMR)の多角的貢献:脱炭素化と産業プロセスへの熱供給・水素製造統合アプローチ

Tags: SMR, 多目的利用, 熱供給, 水素製造, 脱炭素化

はじめに

脱炭素社会への移行が世界的な喫緊の課題となる中、エネルギー源の多様化と効率的な利用が強く求められています。小型モジュール炉(SMR)は、単に安定した電力供給源としてだけでなく、その多目的利用の可能性から、産業プロセスにおける熱供給やクリーンな水素製造への貢献が期待されています。本稿では、SMRが電力供給を超えて、どのように脱炭素化の目標達成に多角的に貢献し得るかについて、その技術的側面、経済的実現性、および世界の開発動向を深く掘り下げて考察します。

SMRによる産業プロセスへの熱供給

産業分野、特に化学工業、製鉄業、セメント製造業などにおいては、製造プロセスにおいて大量の高温熱が必要とされます。これらの熱源の多くは現在、化石燃料の燃焼によって賄われており、多大なCO2排出を伴います。SMRは、これらの産業プロセスにゼロエミッションの安定的な熱源を供給する潜在力を持っています。

1. 産業熱需要の脱炭素化課題

産業プロセスにおける熱需要は、その温度域によって異なり、低温(150℃以下)、中温(150℃〜400℃)、高温(400℃超)に分類されます。特に高温域の熱は、脱炭素化が困難な「ハード・トゥ・アベート」セクターの主要な排出源となっています。再生可能エネルギー由来の電力を用いた電熱変換も進展していますが、大規模かつ安定的な高温熱供給には限界があります。

2. SMRからのプロセス熱供給の技術的側面

SMRは、その炉型によって多様な温度の熱を供給することが可能です。軽水炉型のSMRは比較的低温の蒸気を効率的に供給できるため、地域熱供給や一部の産業プロセスに適しています。一方、高温ガス炉(HTGR)型のSMRは、900℃以上の非常に高温の熱を供給できるため、製鉄、化学プラント、水素製造など、高度な熱を必要とする産業プロセスへの応用が期待されています。熱輸送は、蒸気、高温ガス、溶融塩などを介して行われ、プラントの立地や産業施設のニーズに応じて最適なシステムが構築されます。

3. 具体的な産業応用例

SMRをこれらの産業施設と隣接して設置することで、熱輸送効率を高め、エネルギーコストの削減とCO2排出量の大幅な削減に貢献し得ます。

SMRを活用したクリーンな水素製造

水素は、燃料電池車の燃料、産業原料、電力貯蔵など、多様な用途での利用が期待される次世代エネルギーキャリアです。しかし、現在の水素製造の主流は化石燃料を原料とするものであり、製造過程でCO2が排出されます(グレー水素)。SMRは、クリーンな水素(ピンク水素)を大規模かつ安定的に製造する手段として注目されています。

1. 水素製造技術とSMRの役割

SMRを用いた水素製造には、主に二つのアプローチがあります。 * 高温熱分解: 高温ガス炉(HTGR)のような高熱を供給できるSMRを利用し、水やメタンを直接熱分解して水素を製造する技術です。これにより、電気分解よりも高い効率で水素を製造できる可能性があります。特に、硫黄-ヨウ素(IS)サイクルなどの熱化学的な水分解プロセスは、高い熱効率で水素を生産する潜在力を持っています。 * 電力を用いた電気分解: 軽水炉型のSMRなどから供給されるゼロエミッション電力を用いて、水の電気分解により水素を製造するアプローチです。大規模な電解槽と組み合わせることで、安定的に大量のクリーン水素を供給できます。再生可能エネルギーと異なり、天候に左右されない安定した電力供給が、効率的な電解水素製造を可能にします。

2. ピンク水素の戦略的価値

SMR由来の水素は「ピンク水素」と呼ばれ、再生可能エネルギー由来のグリーン水素や、CCS(CO2回収・貯留)と組み合わせたブルー水素と並び、重要な脱炭素水素の一つとして位置づけられています。SMRは大規模な電力を連続的に供給できるため、水電解による水素製造においても高い稼働率と低コストを実現し、水素社会の実現に向けた供給安定性の課題を解決する鍵となり得ます。

多目的利用の統合と経済性・実現性

SMRの多目的利用は、単一のエネルギー供給に留まらず、電力、熱、水素といった複数のエネルギーキャリアを統合的に生産することで、システムの全体最適化と経済性の向上に寄与します。

1. システム統合による相乗効果

SMRをベースとしたコジェネレーション(熱電併給)システムは、燃料の持つエネルギーを電力と熱の両方に変換することで、総合的なエネルギー利用効率を最大化します。さらに、水素製造プロセスを統合することで、余剰電力の活用や水素を介したエネルギー貯蔵も可能となり、再生可能エネルギーとの連携においても系統安定化に貢献し得ます。このようなエネルギーハブとしての機能は、地域のエネルギー自給自足とレジリエンス向上にも寄与します。

2. 経済性評価と課題

SMRの多目的利用は、初期投資の回収期間短縮や運用コストの最適化を通じて、経済的実現性を高める可能性があります。特に、熱や水素といった付加価値の高い製品を供給することで、単なる電力販売以上の収益源を確保できます。しかし、複数のエネルギーキャリアを統合するシステムの設計、規制、および市場メカニズムの整備は、新たな課題となります。長期的な需要予測、各製品の市場価格変動への対応、複数分野にわたる規制当局との調整などが重要です。

3. 世界の開発動向と実証プロジェクト

世界各国では、SMRの多目的利用に向けた研究開発や実証プロジェクトが活発に進められています。 * 米国: 高温ガス炉「TerraPower Natrium炉」は、ナトリウム冷却高速炉と溶融塩エネルギー貯蔵システムを組み合わせ、フレキシブルな電力供給と熱供給を目指しています。また、DOE(エネルギー省)はSMRによるクリーン水素製造プロジェクトを支援しています。 * カナダ: GE日立ニュークリア・エナジーのBWRX-300など、複数のSMRプロジェクトが進展しており、地域熱供給や産業用途への応用も視野に入れています。 * 英国: Rolls-Royce SMRは、電力供給に加え、熱供給や水素製造への応用も想定しており、モジュール化された工場生産体制を構築しています。 * 中国: 実証運転を開始した高温ガス炉HTR-PMは、将来的な水素製造への応用も期待されています。

これらのプロジェクトは、SMRの技術的成熟度を高めるとともに、多目的利用の具体的なビジネスモデルや運用実績を確立するための重要なステップとなっています。

結論

小型モジュール炉(SMR)は、単なるクリーン電力源としてだけでなく、産業プロセスへの安定的な熱供給や、大規模かつゼロエミッションな水素製造を可能にする多角的な貢献を通じて、世界の脱炭素化目標達成に不可欠な存在となりつつあります。技術的な進展、各国での実証プロジェクトの推進、そして統合的なエネルギーシステムの設計思想が融合することで、SMRは未来のエネルギーランドスケープにおいて、より中心的かつ戦略的な役割を果たすことが期待されます。今後、さらなる技術的課題の克服と規制環境の整備、経済性の確立が、その広範な実用化への鍵となるでしょう。